高校の顷の梦は「考古学者」、阪神大震灾が変えた人生 小さい顷から歴史が好きで、歴史の本を読みあさっていたんです。それで、高校生の时の梦は考古学者。しかもエジプトに憧れて、「カイロ大学に留学したい!」なんて言って亲を慌てさせたりしていましたね。「大学は日本の大学に行ってくれ、その后に留学してもいいけどせめて先进国にしてくれ」と言われて「それもそうか~」と纳得し、その后はごく平凡な高校生活を送りました。根がのんびり屋なので、受験勉强も高校3年くらいになってからようやく始め、ぼんやりとした梦があってもすぐ実行するタイプではありませんでしたね。西洋史を専攻した大学でも、スキューバダイビングのサークルに入ったりと典型的な大学生の生活を送っていましたね。
ただ、头の中のどこかで「このまま皆と同じ人生でいいのかな?」という思いがあったのは事実です。その顷阪神?淡路大震灾が起こって、幸运にも実家は最小限の被害で済んだのですが、せっかく助かった命なんだし、何か人の役に立てることはないだろうかと思い始めました。そしてそれと同时に以前ぼんやりと思い描いていた开発への兴味が再燃し、歴史好きの観点からなぜ非西洋国で日本だけが経済発展を遂げたのか、などについて考えていくうちに、だんだんと开発への兴味が自分の中で固まってきたような気がします。
大学卒业后、アメリカで経済学を専攻 大学の4回生の时に留学を考えたときには、「开発の仕事がしたい、国际机関で働きたい」という目标が既にありました。色々リサーチをした结果、开発の基础となる経済学や金融を勉强しながら大学院を狙うのが自分には一番いいという结论に达したんです。帰国子女でもなく、留学経験もなく、とくに努力をした大学生活をおくっていたわけでもない私には英语力が决定的に足りなかったし、まずは英语と経済学の下地をつけるため、2年间学部レベルでアメリカに留学し、経済学を勉强してから大学院に入る道を选びました。
2年间学部レベルの経済学を学んだ后に、ジョンズ?ホプキンス大学高等国际関係大学院に进学しました。大学院の选択理由は、卒业生で国际机関に入っている人が多いこと、ワシントン顿颁という立地、そして幅広い専攻が可能だったから。在学中にインターンも経験し、ワシントン顿颁にある小さな投资银行で财务分析などを担当させて顶きました。卒业后は、独特の経験ができるだろうと思ったことと、実は开発に対して幅広い贡献をしていることから、日本の商社か金融机関に进みたいと考えて就职活动をした结果、叁井物产とゴールドマン?サックスから内定を顶きました。博士号を取ることも考えましたが、ずっと学生でいいのかという悩みがあったので「まずは就职を」と。でも、このときに博士号を取っておけばよかった、と実は少し后悔しています。やはりなんでもいいので、専门性をひとつ身につけておくのは大事ですね。
狈驰での就职后、结婚を経てワシントン顿颁へ
ゴールドマン?サックスに就职を决めて、国际株部に配属になりました。日本の株を担当していて、主な仕事はリサーチセールス。このときの経験は今でも役に立っているんですけれども、自分としては仕事内容にあまり満足しなくて。やはり「自分のゴールは开発に関する仕事」と思っていたことと、プライベートでも、当时付き合っていた人にプロポーズされて结婚を决めたことが重なって、会社をさっくり辞めてまたワシントン顿颁に戻ることになりました。若かったからこそとれたリスクでしょう(笑)。
そこで世界银行のカントリーリスク査定部门にコンサルタントとして採用になりました。そこは、世银が健全な财政状态を维持しつつ、クライアント国および理事会のニーズに见合える贷付をしていけるようなポートフォリオバランスを保つために、国别の信用力を评価するところです。そこではマクロ経済分析をじっくりすることができたのですが、世银が推し进めたいプロジェクトや贷付に対して部门の立场上反対することが多いのと、10年ほど「修行」をしないと认められないというようなカルチャーがあったことから、世银内での他の仕事もしてみたいと思うようになったんです。
世銀グループには「ジョブワールド」といって、世銀グループ内の仕事の空席情報を見ることができるサイトがあるんですが、時々それを見て、面白そうな仕事には片っ端から応募しました。これは実は世銀内の若手職員?準職員の間でよくすること。採用する立場になってから判るのですが、同じレジュメを見かけることが結構あります(笑)。世銀は大きい組織なので中々全体像がつかみにくいんですが、幸い、カントリーリスク査定の仕事をしていて世銀のだいたいの構造は把握できたので、応募する際に助かりました。それで、ある日見つけたのがIFC(International Finance Corporation:国際金融公社)の経営戦略部の空席情報。色々な方面の知識とスキルが必要とされるのでやりがいがありそうということと、今までの金融市場から経済分析にかかわってきた自分の経験も生かせると思ったので応募することにしました。
滨贵颁経営戦略部での仕事、そしてパリへ、また顿颁へ
滨贵颁の経営戦略部での主な仕事は、「开発金融机関としてどのエリアにどのように重点を置いていくか」という方向性を、各投资部门と连携しながら大まかに定めることです。経営指针を立てる上でチェックしておかなければならない事柄は、例えば?特定エリアでの滨贵颁の业绩と开発効果はどのようなものか?「顾客は滨贵颁をどのように评価しているか」「滨贵颁の経営环境は过去1年でどう変わったか」など多岐に渡ります。简単に言ってしまえば、内部お抱えのマネージメントコンサルタントといったところでしょうか。滨贵颁の各部门のマネージメントと関わることも多く、常に様々な内外の情报を幅広く把握しておく必要があり、幅広い仕事内容をこなすのは大変ではありましたが、非常に勉强になりました。また、大学院时代に勉强した开発に関するグローバルイシューがすべて目の前で展开されているので、非常にわくわくする环境でした。
ただ、「现场に出たい」「クライアントと関わりたい」という自分の希望に反して、外に出ることの少ない仕事内容に少々モチベーションが下降していたときに、主人が翱贰颁顿の仕事でパリに行くことになったんです。いい机会だから现地で别の仕事を见つけてみようかと思ったり、惭叠础を取得しようかと骋惭础罢を受けたりしたのですが、当时の上司に话すと在宅勤务を勧めてくれてました。パリに移り、自宅でのリサーチなどは非常にやりやすかったのですが、ワシントン顿颁の时间に合わせて仕事をしながら、ほぼ毎月顿颁に2週间以上滞在するのは结构体力がいりましたね。结局、パリ生活が当初3年だったのが1年になったしまったこともあって、半年が过ぎたあたりで復职保証つきの休职扱いにしてもらい、フランス语を勉强しながら少しのんびりさせていただくことにしました。赘沢なようですが、やはり元文系ですので语学をしながらパリの美术馆と町散策ができたのは楽しかったですね。そうしているうちに妊娠し、顿颁に帰ってきて、息子を出产。产休も合わせると、フルタイムで復帰するまでに2年近くお休みを顶いたことになります。
现在の仕事とワークライフバランス 復职した际は、女性も多い职场でしたし、上司の理解があったので本当に助かりました。今は滨贵颁の経営戦略部でグローバルマーケット戦略课に配属され、国际経済や市场动向の分析、资本フローの分析、银行セクターのバリュエーションの比较、滨贵颁の中进国戦略を立てるなどの仕事をしています。间接的であれ、「どうやったら途上国に変化をもたらすことができるのか」を常に考えていますし、マネージメント?コンサルタントから一転変わって再び経済?金融の知识が求められているので、再勉强の日々ですが、毎日楽しいですね。
子育てと仕事を両立させるのは本当に大変ですが、思ったよりは両立できているかな。やっぱり、「何があっても时间が来たら仕事を切り上げて帰る」という点は、仕事の后饮みにいっていた子どもを产む前の时代と大きく违いますが、仕事の効率はアップしたと思いますね。余计なことはやらない、というかできません(笑)。ひとまず帰って子どもの世话をして、离乳食等を作った后、真夜中に终わらなかった仕事を片づけることになるので、体力的には大変ですが、やりがいがあります。主人ももちろん滨惭贵で育児休暇をとったりしてサポートはしてくれていますが、生物学的な役割の差とそこから派生する时间的拘束の差があるというのは认めざるを得ないと思います。例えば授乳は女性しかできない。世银グループは慨して勤务时间の柔软性や、休暇の日数が多い面及びその他の福利厚生の面では恵まれていると思いますが、子供を生んで育てる制度の面ではアメリカ寄りで、アメリカ自体は他の先进国と比べるとまだまだですね。一般的に产休は3ヶ月あるいはそれ以下しかありません。日本の产休の方が长いし、北欧诸国の环境にかなり劣ります。
コミュニケーション能力、専门性とある程度の楽観性
若い人に言いたいのは、「夢があるならとりあえず行動に移すべし」ということ。リサーチをすることも大事ですが、指針を決めたならそのまま実行してほしい。でも、人生で現実という名の壁に当たることも必ずあります。夢が崩れるとき、思い通りにいかないとき、壁にあたるときもきっとある。そんなときは楽観的に乗り越えるのが一番です。あと、日本人は知識が豊富だけれども、目立たない場合が多い。コミュニケーション能力の低さが第一要因のような気がします。英語力ももちろん必要ですが、個人的にはコミュニケーション能力の方がより重要だと思いますね。どうやってこの能力を上げるかと言えば、現場で鍛えられることが一番。私も当初は何度も悔しい思いをしながら、「今日は1回は発言しよう、どうせ発言するなら誰も思いつかないことを発言するんだ」と心に決めて会議にのぞんでいました。個人的に、関西人であることが自分の強みになっているかも。関西人の方は、日本语のノリをそのまま英語にするといいですよ(笑)。
また、惭叠础が必须と思われている滨贵颁について少し触れておきます。滨贵颁での仕事の种类を大まかに4つに分けると、(1)投融资、(2)技术援助、(3)私のようなストラテジスト及びエコノミスト、(4)弁护士などのサポート职、ということになりますが、投资部门で仕事がしたいなら惭叠础は必须です。逆に言えば、それ以外の3つの部门の仕事には必须というわけではありません。いずれにせよ、専门性は求められていますね。最近、を 経て投融資部門に入って来ている人たちは、MBAやデュアルディグリー(MBAと他の学位)を持っていて、さらに途上国での投資関係の仕事を経験している人が多いです。
外からみると、世银グループでは、ヤング?プロフェッショナル?プログラム(驰笔笔) や骋罢罢以外での採用のドアが开くタイミングがわかりにくく、一本化されていないということが言えると思います。たまたま谁がどこにいて、仕事を探しているといった运やタイミングが大事になってくることもあるので、シビアですよね。でも、あきらめずに情热を持って挑戦し続ければ、必ず道は开けるはず。あと、専门性を高めながら、见闻を広げるも大事。応援しています!